印度武術王国

いまだ知られざるインド武術について紹介

ベンガル棒術 ラティ・ケラ(Lathi Khela)

ラティ・ケラ( লাঠি খেলা)は棒を意味するLathiとゲーム、スポーツを意味するKhelaを合わせた言葉で、ドラヴィダ語圏以外のインド中・東・北部で『棒術』を表す一般名として広く通用するが、ここでは特にベンガル地方(インド側西ベンガル)に伝わる伝統棒術に焦点を当てて解説したい。

ラティ・ケラはあらゆる武器技の基本となる棒の操法を伝えるものだ。

近代に銃などの火器が登場する以前、戦場の主役が剣や槍であった時代には、勝れた戦士を養成するための基本技術として、世界中で普遍的に棒術が愛用されていた。

ラティ・ケラはインドにおけるその様な棒術が、銃の登場やイギリス植民地時代前後の動乱期を経て、ゲーム・スポーツとして辛うじて現代に伝承されている姿だと言えるだろう。

西ベンガル地方に伝わるラティ・ケラは、棒の真ん中を片手(あるいは両手)で持って様々なテクニックで回転させる『バネーティ(Banethi)』と、棒の片端を両手(あるいは片手)でもって振るう『ハルワー(Halwa)』の二つに大別される。

使われる棒は多くの場合身長よりも長い竹あるいは籐で、その技術スタイルはタミル棒術シランバムと非常に近接している。

『バネーティ』と言う名は、オリッサのプーリーを中心に伝わるロープを使った炎の回転技である『バナーティ』の語がおそらくは転訛したもので、本来は棒の両端に火を付けて回すファイヤー・スティックのパフォーマンスが元になった呼称だろう。

このバネーティの回転技は別項でも紹介している通り、武器技の使い手を養成するための普遍的なエクササイズとして非常に高いポテンシャルを持ったもので、インド全土で様々な名前で実践・継承されている。

高度に発達したラティ・ケラ/バネーティの回転技

エクササイズとしては勿論、その美しい車輪の回転をイメージさせる棒の軌跡は、ファイヤー・スティックと共に様々な形でインドの祭礼に欠かせないアトラクションとなっている。

一方、攻撃技を意味するハルワーの中心技術はバネーティと同じように振り回す(回転)事を主にしているが、バネーティがエクササイズとショー・パフォーマンスを主としているのに対し、ハルワーは極めて実践的な攻撃の技術として、様々なバリエーションを持っている。

ハルワーの基本素振り。やはり”振り回す”事を基本としている

棒の片端を両手でグリップする時、日本の刀では左手が手前(棒の端、身体の近く)を握り、拳1~2個分空けた先を右手で握るのに対して、ハルワーの場合は右手が棒の下端、左手がその上を握る逆手になっており、これは多くのインド棒術に共通する仕様だ。

このハルワーの技がベンガル地方で今日まで伝わっているのは、ひとつにはイギリス植民地時代、農民と植民地政府の間に立って猛威を振るったザミンダールと呼ばれる地主階級が、徴税時の威嚇や平時の護衛として伝統的な棒術の使い手『ラティアル』を重用した結果だろう。

その為、他の伝統的な武術が抗英運動の象徴として多くの場合激しい弾圧にあったのに比べ、このラティアルの棒術はむしろ植民地支配下の徴税プロセスを円滑化させるものとして特例的に英植民地政府によって黙認されていた様だ。

このハルワーの技が、当時どれだけ無辜の民を泣かせその支配の象徴として君臨して来たかは想像に難くない(私はその様な歴史を踏まえて、個人的にこのインド棒術の攻撃技は余り好きではないw)。

しかし、現在ではその様な悲しい歴史は忘れ去られ、西ベンガルではバナーティとハルワーが合わせてラティ・ケラの名の下で現代的な青少年スポーツとして実践されている。

但し、急速に進むインドの近代化、経済発展下で、特に若者たちの伝統武術に対する関心が急速に失われつつあり、このラティ・ケラは存亡の危機に立たされているといっても言い過ぎではないだろう。

そんな中、ひとつ興味深い流れとして、宗教的な文脈におけるこの棒術の実践形態が存在する。

近代に生まれたバーラト・セヴァシュラム(Bharat Sevashram)というベンガルに発祥する宗教運動が、ラティ・ケラをある種の宗教的な徳目・実践として、カリキュラム化しているのだ。

私はインド側西ベンガルでは主にこのアシュラムで取材を進め、上に紹介したビデオも全てそこで撮られたものだ。 

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バーラト・セヴァシュラムのスワミ・プルショッタマナンダ師とその愛弟子

このバーラト・セヴァシュラムは現在のバングラデシュ、マダリプール近郊の村に生まれた聖者、スワミ・プラナヴァナンダ師によって1917年に創立されたヒンドゥ教の復興運動で、ヒンドゥであるにも関わらず仏教思想に多くインスパイヤされており、独自の厳格な出家システムをその根幹に据えている。

開祖によって、イギリスやムスリムなどの異教徒の脅威からヒンドゥを守護する宗教的な実践として棒術が称揚された事から、伝統的に本部アシュラムでは出家したばかりの若い僧たちの必須科目としてラティ・ケラが教えられており、また多くの支部アシュラムでも出家・在家を問わずラティ・ケラの実践クラスがある。

これはとてもインドらしいのだが、ある種スピリチュアルな身体行的『おつとめ』として、棒術が位置付けられている訳だ。 

ナボディープの支部アシュラムでは85歳のグルジーがラティ・ケラを毎日教えている

またこれは未取材だが、同時代に生まれたやはりヒンドゥ復興運動のひとつブラタチャリ(Bratachari movement)においても、当初ヒンドゥ文化復興プログラムの一環としてラティ・ケラが実践されたと言う(現在でもその活動が続いているのか、機会があれば確認してみたい)。

一方、対称的にムスリム・マジョリティの独立国となったバングラデシュでも、ラティ・ケラは農村部の日常生活の中でかろうじて生き残っている。

しかし、西ベンガルのそれと比べ、より農村の土俗的なニュアンスが濃厚で、バーラト・セヴァシュラムで見られる様なスタイリッシュな技術的優位性は余り見られない。

回転技よりもむしろ剣を模した中サイズの棒を使った打ち合い(要は大人のチャンバラ)が農村部の祭礼などでは盛んに行われている様だ(下)。

かなりな盛り上がりを見せる大人のチャンバラ

バーラト・セヴァシュラムの発祥地が現在のバングラデシュである為、2019年の取材ではバングラデシュ国内にも優れた棒術の伝統が残存するのではないか、と期待して何か所か回ったのだが、満足する結果は得られなかった。

インドと同様全体的に衰退・消滅の方向に進んでいるので急がれるのだが、バングラデシュの伝統武術については今後ともテーマとして温め、探索していきたいと思う。

 

 

 

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