印度武術王国

サンガム印度武術研究所が、いまだ知られざるインド武術について紹介します。

インドの男塾 クシュティ(Kushti)

クシュティとは、一般にインド伝統レスリングといわれるものの総称。四角く掘り込まれたピットに川砂を敷き詰めた中で、あるいは川砂を四角く盛った土俵の上で行われる。

インド亜大陸に古来より伝わる戦士の格闘技マラ・ユッダ(Malla Yuddha)に、中世以降ムスリム侵略王朝のもたらしたレスリングが融合して生まれたハイブリット武術。

主神は猿の神様ハヌマンジー。どの道場にも必ず祠があり恭しく祭られている。

入門はおよそ7歳前後から、グルジーの元に弟子入りする。多くの弟子が併設の寮に入り、どっぷりとクシュティに浸かった生活を送る。思春期の青年時代も厳しい性的禁欲(ブラフマチャリヤ)を課せられ、食事は菜食。サプリメントとしてはバダムミルクが好まれる。

まるで出家僧(少林寺か?)の様な規律と過酷なトレーニングの日々を過ごす中、華奢な少年たちはやがて筋骨隆々たる漢へと成長していく。

ペヘルワーンと呼ばれるレスラーは、日本の相撲のようにランゴット(Rangot)と言う褌をつける。しかし、最近の若者は恥ずかしがって洋式のトランクスが主流に。ベテランの年長者からはかなり嘆かれているようだ。

稽古の前にはトレーニングを兼ねて土俵が重い鍬で耕され、柔らかく均される。そこにバターミルクとオイル、酸化鉄を主にしたレッド・オーカーが混ぜられる。その為土俵の土は上の写真に見られるように赤味がかっている事が多い。

競技会はダンガルと呼ばれ、アーミル・カーンが主演する同名映画が日本でもヒットした事は記憶に新しい。各試合にラウンドの区切りはなく、およそ25~30分間休みなく勝負が続けられる。

試合の前には両者が向き合い土俵の土をつかみ取ってお互いにそれを相手の身体に掛け合う儀式を行い、神の祝福を祈る。 

重量級の試合は膠着する事が多く、見続けるには一定の忍耐が必要だ

そのスタイルは基本的に西洋レスリングと良く似ている。相手の両肩とお尻を同時に地面に付けたら勝ちとなる。技術的には相手の足を捉え自ら転がりながら投げたり、柔道的な足技や関節技などもある。

冒頭に出て来るのがダンダ・バイタック。軽量級の試合は面白い

K1などもそうだが、重量級は迫力はあるが動きに乏しい事が多い。その点軽量級から中量級は非常に俊敏で展開が速く、見ていて飽きが来ない。 

ドガルのエクササイズ、棒術の回転技、縄登りラッサ

レーニングシステムも大変ユニークで、ムドガル(Mudgar)と呼ばれる木の重いバットを回したり、木からつるされた長いロープを手だけで登ったり、大きな石を首の周りで回したりとバリエーションに富んでいる。

 ここではムドガルはジョリーと呼ばれる。後半にガダーも出て来る

下の写真は17世紀に建造されたラジャスタン州のブンディ宮殿に描かれた壁絵だが、中央にマラカンブ、左側にムドガル(またはジョリー)、右側にはナル(Nal)と言うドーナツ状の石輪型鍛錬具が描かれ、現在でも伝統的なクシュティ道場に典型的に観られるこれらインド式のアイテムが、この時代までには広く普及していた事が良く分かる。

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左からムドガル、マラカンブ、ナルを使って鍛錬するラージプートの戦士たち

別項で紹介した様にマラカンブについての最古の記述は、12世紀にデカンから南インドを支配した西チャルキヤ朝のもので、これはイスラムの侵略王朝の影響を強く受ける以前のインド・オリジナルの鍛錬法だと思われる。

一方、現代に至るクシュティレスリングはイスラム文化の影響を強く受けたもので、マラカンブがいつどこで生まれ、どのような経緯を経てクシュティに合流したのか興味は尽きない。

また、現在スポーツから格闘技まで様々な世界で基礎トレーニングとなっているスクワットは、もともとはクシュティの鍛錬法「ダンダ・バイタック」から取り入れられた。ヒンズー・スクワットという言葉に、その名残りがある。

昔からのプロレスファンにはおなじみのタイガー・ジェット・シンクシュティ出身と言われる。

下の動画は新日本プロレス草創期の映像だが、若き日の猪木や藤波が登場し、クシュティのトレーニング器具ムドガル(あるいはジョリー、一般にはインディアン・クラブ)を回している貴重なシーンを見る事が出来る。

猪木も藤波も若い!最後に猪木が使うジャラジャラ棒に注目

実はこれはプロレスの神様カール・ゴッチの影響もあってイランのミール(インドのムドガルと同じもの)を取り入れたもので、日本ではコシティと呼ばれている。

このコシティはイランでレスリングを意味する言葉で、レスリングの選手がミール使ってトレーニングしていたことから、混同が起こったようだ。 

 イランのズルハーネ道場で使われるミール。猪木のジャラジャラ棒のルーツもここにある

そしてもちろん、イランのコシティとインドのクシュティは起源をひとつにする兄弟武術だ。インドとイランはアーリア人という共通の文化的起源を持つ、と同時にその遥か後世に同じようにイスラム化の洗礼を受けた事から、ペルシャからパキスタン、インド、バングラデシュに至る東西ベルトには共通する文化が多く、クシュティはその典型だろう。

非常に似通ったレスリングが、東はバングラデシュのボリ・ケラ(Boli Khela)パキスタンを含む北インド全般のクシュティ、イランのコシュティなど南アジア一帯に広がっている。タミルナードゥでもクスティの名で稽古が行われていたが、近年日常的に稽古する道場は、急速に消滅しつつある。

上のビデオの最後に猪木が振っている鉄の棒に鎖やカスタネットをつけたような不思議な器具、これもイランから導入されたものだと言うが、筆者はインドのオリッサ州でまったく同じ器具を見ている。 

使い方もまったく同じで、本来は弓を表していたようだ。相撲の弓取り式とも重なってとても興味深い。

現在でも全日本のアマ・レスリング界では垂れ下がったロープを腕の力だけで登るトレーニングが取り入れられているが、これも欧米のレスリングを経由してインドのラッサ・トレーニングが取り入れられたものだろう。

いろいろと調べていくと、日本のレスリング界とインド武術との知られざる関係が分かってきて面白い。

カール・ゴッチや猪木も認めたインド式トレーニング・システム、もっともっと一般に普及する価値があると思う。  

ガダーを回す神様カール・ゴッチ

実はバングラデシュの隣国ミャンマーの伝統ボクシング、ラウェイにはムドガルのトレーニングが現在でも伝承実践されている。

またクシュティに特徴的な所作で、左腕を肘で曲げて胸に当てその上腕部を右手の平で数回叩く礼拝儀礼があるのだが、全く同じ所作がラウェイのリング入場儀礼においても共有されており、インド武術とラウェイとの関わりは深く近しい事が明らかだ。

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ドガルを回すラウェイの選手。DVD:The physical bodyより

これは恐らく、クシュティのルーツのひとつである少なくとも紀元前5世紀に遡るインド古代武術マラ・ユッダが打撃技をも伴っていた事から、ラウェイに対する伝播影響はマラ・ユッダがイスラム化されてクシュティに変貌を遂げる以前の段階に起こったのだと推測される。

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バルフートの彫刻に見られる力士の様な男は、ひょっとするとマラ・ユッダの戦士か

クシュティの分布は非常に広範囲に広がっているが、現在、取材でカバーできているのはラジャスタンのナットゥドワラ、ビハールのガヤー、そしてオリッサのプーリー。どちらも宗教的聖地でヒンドゥ寺院と密接に関わっているのが興味深い。

しかし真の本場はウッタルプラデシュ州からデリー、ハリヤナ州、パンジャブ州、更にはパキスタンに至るエリアの様で、今後の取材に期待したい。

今回の投稿でもいくつか張ったが、最近では非常に画質の良いクシュティのビデオがYoutubeに多く投稿されている。Kushtiで検索すればゾロゾロ出て来るので、興味のある方は是非。 

インド・クシュティの歴史は、その前身であるマラ・ユッダを含めれば2千5百年以上にもなるのだろうか。日本の相撲よりも遥かに古く、あるいはその原型かも。 

 

 

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