印度武術王国

いまだ知られざるインド武術について紹介

究極の体錬 マラカンブ(Mallakhamb)

2005年、初めてのインド武術探訪で一番驚いたのがこのマラカンブだった。

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練習用の低い柱で演技する小学生

ラカンブという語は、戦士あるいはレスラーを意味するMallaと、柱を意味するKhambを合わせた『Mallakhamb=戦士の柱』に由来し、その特徴的な柱の名前であると同時に、その上で行われる一連の極めてユニークな体錬システム&スポーツを指す。

まず最初に、現地インドのマラカンブ協会が製作した非常に分かり易く内容の充実した動画があるのでそれを張って置く(英語だが映像を見るだけで十分にその凄さが理解できる)。

ラカンブ協会制作の公式ビデオ Vol.1

ラカンブが最初に歴史に現われるのは西チャルキヤ朝のソメシュワラ三世によって編纂された1135年の古文書Manasollasaだと言われる。

このマナソラサ文書は当時の南インドの政治経済から軍事、建築、医学、料理、芸術、娯楽、スポーツなど文化全般に関する百科全書的なもので、人々の暮らしや社会の在り方に関する貴重な資料となっている。

当時チャルキヤ朝はタミルのチョーラ朝など周辺諸国と深刻な対立関係にあり切迫した緊張感に包まれていた。その為優れた練兵鍛錬システムに対するニーズは高かったはずで、マラカンブの体錬としての優位性が認められて記載され、積極的に推奨されていたのだろう。

Mallakhamb - Wikipedia によれば、その後17世紀のラージプート絵画、ムガル絵画などにマラカンブを稽古している絵柄が存在しているとの事だが、私は個人的にラジャスタン州のブンディ宮殿(17世紀建造)の壁画にそれを確認している。

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中央にマラカンブ柱のトップでエクササイズを行う姿が描かれている

上の絵には中央にマラカンブ、左側にムクダル(ジョリーあるいはムドゥガル)、右側にはナル(Nal)と言うドーナツ状の石製輪型鍛錬具が描かれ、現在でも伝統的なクシュティ道場に典型的に観られるこれらインド式のアイテムが、この時代までには広く普及していた事が良く分かる。

その後、1800年代の初頭に有名なクシュティ・レスラーのBalambhatta Dada Deodharによって新たに大々的に紹介され、それが近代マラカンブの 夜明けとなった。

伝説によれば、ペシュワ・バジラオ治世化のマラタ帝国において有名なレスラーだった彼は、ある時西から来た強力なチャンピオン・レスラーに挑戦されて皆が恐れて退くのを目の当たりにし、誇り高きマラータの戦士としてただ独りそれを受け入れたが、現状の実力では危ういと模索する中、ハヌマン猿(ハヌマン神はレスリングの守護神)が樹の上で自由自在に動く姿に触発され、強敵打倒の秘策としてマラカンブ体錬を始めたのだと言う。

ラカンブによる特訓の成果か、彼は無事挑戦者を退け、以後マラカンブは彼の華々しい勝利と共に急速にレスラーたちの間で広まっていった。

初期にはレスリングの基礎トレーニングとして普及したが、やがてその素晴らしさが認められて、純粋にいちスポーツ競技として確立。1958年にはデリーで開かれた全インド体操競技会にエントリーするなど、普及発展が進み、現在ではマハラシュトラ州を本場としインド全土に普及している。

クシュティの道場で伝統的に実践されてきたように、徒手格闘技、中でもグラップリング系格闘戦士の為の死角のないホリスティックな基礎トレーニングとして非常に優れており、イメージとしては『身長2.5~3mの不動の巨人を相手にしたエアリアルなスパーリング・シミュレーション』といった感じだろうか。

その起源については諸説あるが、別項で紹介したやはりクシュティで使用されるトレーニング器具ムクダル(別名Jori、Mudgal、Indian Club)の形状がマラカンブ柱に酷似している事から、まず最初にムクダルのエクササイズがあり、そのトレーニングをする中、ある時フと誰かが「このムクダルを立てて柱にしてその上に登って何かしたら面白い」とでも考えて実行したら、とてつもないワークアウトになった、と言うのが、正解ではないかと筆者は思う。

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Indian club - Wikipedia より

ムクダルを両手で回している様子・オリッサ州のクシュティ道場

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ムクダルを巨大化して地面に立てたらマラカンブ柱になる MP州のクシュティ道場

現地取材で私が見聞した範囲で解説すると、マラカンブは大きく3つに分けることができる。

 

0.基礎マット運動

これはマラカンブ以前の事前トレーニングに過ぎないのだが、地面に敷いたマットの上で、前回り、後ろ回りから始まる基礎的な身体作りを行う。段階的に開脚やブリッジ、 さらには両足首を頭の後ろに回した状態で両手を使って前転後転するなど、難易度の高い技へと進んでいく。

その様子は、ハタ・ヨーガのポーズで強引に床運動しているような感じだ。とにかく、ごく普通の地元の小学生達の身体の柔らかさが半端じゃない。

前半の基礎運動に過ぎない段階で、大抵の人は脱落するのではないか… 

1. ポール・マラカンブ(Pole Mallakhamb)

ラカンブと呼ばれる独特の形をした長さ2.5~3mの木でできた柱を、 動かないように地面数十センチの深さに埋めて立て、その屹立する柱にとりついて、様々なヨーガのポーズを連続的にとっていく。

最初に柱に取り付くマウント・テクニックには様々なヴァリエーションがあるのだが、難易度の高いものを挙げると、助走をつけて柱に向かってスライディングするように飛び、空中で身体をひねって下向き になりながら両足で柱をはさみ、そのはさむ力と背筋力で上体を地面と水平に保ち、決めのポーズをとって静止する、と言うものがある。

これはもう実際に見てもらう しか方法はないのだけれど、とにかく私は、初めて見たときは目が点になってしまった。

地面すれすれから取り付いた後、一度も地面に下りることなく、蛇のように あるいはタコのように身体をくねらせ、絡みつかせながら柱を登っていき、最上部でこれも難しいヨガを含めた、様々なポーズをとる。あるいは、 足だけで柱の横に水平に立ったり、手だけで柱の横に水平に逆立ちしたり、ほとんど重力を無視したような高難度の技を繰り出していく。

前半二人がポール・マラカンブ、最後の一人がハンギング・マラカン 

2. ハンギング・マラカンブ(Hanging Mallakhamb)

ポール・マラカンブよりやや小さい柱を、設置したフレームや木の枝などからロープでぶら下げて、その揺れる柱の上で、2と同じエクササイズを行う。

地面に固定されていないので安定度が極めて低く、あらゆるタイミングあらゆる動きが常に柱の揺らぎに合わせなければならない為に、その難易度は極めて高い。 

3. ロープ・マラカンブ(Rope Mallakhamb)

地上6mほどの高さから太さ2~3cmほどの綿のロープをつるし、そのロープを手と足指の股で登るところから 始まり、やがてはロープ上で様々な難しいポーズをとる段階までステップアップしていく。 

様々な技の難易度が高いのももちろんだが、ポール・マラカンブなどに比べてもその高所感は著しく、高さに対する恐怖をまず克服しなければ、なにひとつできない。

手のひらと足の指股でロープをつかんで登るのが基本なのだが、手の平と違い足の指股は荒い刺激を受け慣れないので、ただ登り始めるだけで強い摩擦がかかり激痛が走る。

また足指の股以外にも様々な身体部位でロープを挟んだり絡めたりしてホールドするのだが、ほとんどの場合慣れないその摩擦によって激しい痛みを感じるため、初心者は高所に対する恐怖と並んで身体各部の様々な痛みをも乗り越えなければならない。

このロープ・マラカンブは、男子も行うが主に女子を中心に普及が進められており、華奢な十代の少女たちがこれら恐怖や痛みを克服し、その上で難易度の高い技を連続して繰り出して行く様子は、讃嘆を禁じえない。

このロープ・マラカンブの起源は、おそらくクシュティ道場で伝統的に実践されている「ラッサ」というロープ登りの鍛錬をベースに、その上にポール・マラカンブの技術を合わせたものだと思われる。 

非常に優雅に見えるロープ上のヨーガだが、すこぶる難易度は高い

上記三種以外にも、その亜種としていくつかのバリエーションがある。

回転遊具にマラカンブ柱をぶら下げて複数人で演技したり、目隠しをし両手に刀を持った状態でマラカンブを行ったり、あるいはグラスやボトルの上にマラカンブ柱を立ててその上で演じたり、更には水上フロートの上でマラカンブを行ったりと、かなりケレン味の強いアクロバットが存在する。

クロバットが始まるのは3:20頃からだが、是非全て観て欲しい。

ラカンブは全インドの内20州以上で普及実践されているらしいが、中でもマハラシュトラ州のムンバイ、サターラなどがそのレベルの高さで知られている。

極めて難易度が高い事もあってか、未ださほど大衆化してはおらず、熱心な指導者が住む特定の都市、特定のスクールで限定的に指導稽古が行われている場合がほとんどだ。

近年経済成長が著しいインドでは伝統文化の見直しが進み、このマラカンブも『India's Got Talent』など様々なメディアで取り上げられるようになってきている。

2007年春、二回目のインド武術取材旅行から帰国した私は、自身で撮り貯めた、あるいは現地師範に託されたインド武術関連ビデオを、すでに前年にアカウントを開いていた新興のYoutubeサイト上に、次々とアップしていった。未だYoutuberなどと言う言葉が巷間に流布していない時代の事だ。 

100万ビューを超え、尚も見られ続けている最大ヒット

その後、第四回の取材時にマハラシュトラ州サターラ近郊ワイ在住のマラカンブ指導者ヴィッタル・ゴレ氏と出会い、日本での普及広報活動に使うよう、彼から非常に質の高い様々なマラカンブ・ビデオを託された。

帰国後の2010年夏、それらを編集し一連のシリーズとしてYoutubeにアップしていった所、秋のとある日その内の一本が突然バズって(当時はバイラルと言っていた)瞬く間に100万ビューを超えてしまった。それが上のビデオだ。

この『事件』をきっかけに世界中でマラカンブが注目され、アメリカのCNNテレビを始め、ブラジル、ドイツ、フランスなどのテレビ番組で同ビデオが紹介されていった。

日本でもNHKを始めTBS、フジテレビなど各局で取り上げられ、マラカンブの名前がその驚きのパフォーマンスと共に紹介されたので、覚えている方もいるかも知れない。

サンガムとしても、お世話になった師範や選手たちに目に見える形で恩返しができた事は大きな喜びとなった。現在では欧米や日本など先進国を中心に支部クラブが設立されていると聞く。このような細々とした個人の活動でも、何がしかの役には立ったのかな、と感慨を禁じえない。

インドのマラカンブ協会では、いずれ20XX年に開催されるであろう(あくまでも希望的観測)インド初開催のオリンピックにおいて、マラカンブが正式種目(エキジビション)として採用される事を目指して様々なプロモーション活動を行っていると言う。

今後ともこの稀有なスポーツ、マラカンブを熱く応援していきたい。 

 

 

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